[ワールドカップ連載・第12回]ストライカー英雄伝説 ~フォルラン編~

[ワールドカップ連載・第12回]ストライカー英雄伝説 ~フォルラン編~

この実績を引っさげて、2002年。

プレミアリーグイングランド・サッカーのトップリーグ)の超名門「マンチェスター・ユナイテッド」(通称、マンUね)に移籍。

この時の移籍金は690万ユーロ(現在の約9.5億円)(゚O゚)23歳なのに…

しかし、デビューとなった2001/02シーズンは無得点に終わる。

2002/03シーズンは6得点を記録。クラブのリーグ制覇に貢献した。

6得点って少ないと思うかもしれないけど、試合を決める貴重なゴールが多かったのだ。

2002年12月。VSサウサンプトン戦でのこと。

試合終了間際にゴールを決めたフォルラン。歓喜爆発でユニフォームを脱ぐ。

しかし!!また着ようとしても、着ることができない…ヽ(;▽;)ノ

仕方なくしばらく上半身裸でプレイした(´▽`)

汗でユニフォームがベチャベチャだったんだろうね。たぶん。

 

しかし、翌2003/04シーズンは不振のシーズンとなる(通算4得点)(TwTlll)。

2004年.未来のスーパーストライカー「ルーニー」(この男もスゴイ)が加入。

結局、フォルランのマンチェスター・ユナイテッドでの在籍期間は2.5シーズン。

95試合出場。17得点の記録を残した。

2004年夏。フォルランはリーガエスパニョーラスペインのプロサッカーリーグ)のクラブ「ビジャレアル」(←個人的に応援してるクラブ(´∀`*))へ移籍。

移籍デビューの2004/05シーズンは、リーグ38試合に出場。25得点を記録した。

 

フォルランとアルゼンチン代表・「リケルメ」(この男もスゴイ・その2)を擁するビジャレアルは、クラブとして3位の結果を残し、チャンピオンズリーグ(ヨーロッパ大陸選手権)出場権を得た。

フォルラン自身は、得点王のタイトルを獲得。

また、ヨーロッパ・ゴールデンシューヨーロッパ中のサッカーリーグでシーズン最多得点を挙げた選手に送られる賞)も受賞した。(ちなみに、当時アーセナル所属の「アンリ」(この男もスゴイ・その3)も同時受賞)

2005/06シーズンは10得点。

2006/07シーズンは19得点を記録した。

 

そして、2007年。「トーレス」(男前の王子様エース・ストライカー)を放出して、エース不在の状況にあったクラブ「アトレティコ・マドリード」へ移籍。

この時の移籍金、2100万ユーロ(現在の約30億円)(゚O゚)。

2007/08シーズンは16得点の活躍。

2008/09シーズンは32得点の大活躍を見せ、再び得点王、ヨーロッパ・ゴールデンシューの栄冠に輝く。

1シーズンで32得点はいい意味で異常だね(゚д゚)!

2010年のヨーロッパリーグ(クラブのヨーロッパ・ワールドカップみたいな大会)では、その類まれな決定力の高さを発揮。

準決勝・決勝の、「ココゾ!!」の場面で得点を挙げ、アトレティコ・マドリードをヨーロッパリーグ優勝へと導いた

これだよ。これぞフォルランが持つ、ストライカーとして欠かせない才能。

「決定力!!」( ゚ー゚)( 。_。)

しかし、2010/11シーズンは8得点に終わってしまう。

また、監督のキケ・フローレスとの確執が表面化するなどして、移籍を決断する。

人間同士、ある程度歩み寄ってもダメな時もある。合わないもんは合わない。仕方ないよね(´ε`;)

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