猫の慣用句・ことわざとその使い方・例文
猫といえば愛くるしい仕草と見た目で子供だけでなくオッサンまでもが魅了されてしまう動物ですが、昔から猫を使った慣用句は他の動物と比較してもたくさんあります。それだけ人と猫が近い距離で暮らしていたということなのかもしれません。
というわけで、ここでは猫が使われている慣用句をまとめ、その使用例文を作っていってみたいと思います。猫が好き!という方は自分でも使えるように色々作文してみましょう!
目次
猫を使った慣用句・ことわざ
窮鼠(きゅうそ)猫を噛む
追い詰められたねずみが猫に噛み付くというそのまんまの慣用句です。これは弱いものが追い詰められた時、必死の抵抗をして反撃により苦しませるという意味。
スポーツの試合などでこちらが優勢だと思っていたのもつかの間、相手側が猛反撃をしてきた時などに使うのも良いかもしれません。当事者同士というよりも客観的に見ている第三者が使うと収まりが良くなる慣用句かも。
猫に小判
猫に小判を与えても価値を知らない猫にとってはなんの意味もない…ということわざ。「豚に真珠」と全く同じ意味で、どんなに価値のあるモノでもその価値がわからない者に与えても何の役にも立たないという意味があります。
これは何かしらの専門分野でよく使われるツールや芸術品を門外漢に渡したところで意味がない…という流れで使えることわざでしょうか。
例えばロードバイクはカーボンで出来ていて非常に軽く走行性に優れたスポーツバイクですが、主婦にプレゼントしたところで「こんなの乗れるわけ無いでしょ!前カゴも荷台もないから何も乗せられないし、普通のママチャリちょうだいよ!」と言われるくらいのものです。まさに猫に小判といった具合ですね。
なので、誰かに何かをプレゼントするときは必ず価値がわかるものをプレゼントすることをおすすめします。
猫の手も借りたい
猫っていつも寝ていたり好き勝手しているイメージですよね。しかも言うことはさっぱり聞かないという…。でもそんな猫にも手伝ってもらいたいくらいとてつもなく忙しい、それが「猫の手も借りたい」という慣用句の意味です。
本当に猫が手を貸してくれたらどれだけ仕事が捗るのか、ぜひ試してほしいですよね。無理だけど。
↑こんな状況には陥らないようにしたいものです。
猫の額(ひたい)
場所が狭いことを説明するための慣用句です。よく「猫の額ほどの土地」といった具合に使われるのですが、実際の猫の額とわざわざ例えるほど狭いかと言うと、正直犬とどっこいどっこいだったり。ただ、やはり他の動物と比較すると猫のおでこは狭いです(無理やり納得せざるを得ない)。
実際にこうなりつつあるので恐ろしい話です。
猫の目のよう
猫の目ってクリクリとした丸い黒目だと思ったら、すぐに細い黒目に変わったりしますよね。そのように物事が状況によってコロコロと変わる様子のことを「猫の目のよう」だと表現します。
若干暗い場所だと丸い黒目で可愛いのですが、明るいところだと黒目が細くなりちょっと凛々しく見えるので表情まで変わってしまうところも猫の魅力でしょうか。
猫も杓子(しゃくし)も
杓子とはしゃもじのことですが猫と杓子には何のつながりもありませんね。この慣用句の正確な語源はよくわかっておらず、いくつかの説があるようです。
杓子は主婦を表現したもので、「主婦も猫を含めた家族総出で」という語源が個人的にはしっくりきます。
※空き巣は犯罪です
猫を被る
実際に猫を頭にかぶっている状況を想像するとシュールで面白かわいいのですが、「猫を被る」には本性を隠しておとなしそうに振る舞うという意味があります。
猫だって別にそこまでおとなしくないし何の脈絡もなく大運動会が始まることもよくあるのですが、猫が家にいない人からするとおとなしく見えるのでしょうか。
男性よりも女性に対して使う事が多い慣用句かもしれません。
猫に鰹節
猫って鰹節が大好きですよね。数分前にキャットフードを食べたのに鰹節は別でねだってきて「何その食欲…」と思うことも度々あります。
猫の近くに鰹節を置いてちょっと放置して出かけると、あるべきところに鰹節がない…!さては食べたな…!なんて状況も十分あり得るくらい、猫は鰹節が大好きです。
そこから「猫に鰹節」という慣用句ができたのでしょう。安心ができないという意味ですが、使われている文章をあまり見たことがないですね。
猫にまたたび、お女郎に小判
猫の大好物は鰹節だけではありません。またたびも飛びつくほど大好物です。女郎というのは遊女や花魁のこと。お金が大好きというのは今も昔も変わらないイメージなのでしょう。機嫌を取るのに一番いいもののたとえとして使われる慣用句です。
そのことから「猫にまたたび、お女郎に小判」となったのだと思いますが、最初の「猫にまたたび」だけで使ったほうが現代的かもしれません。
猫の首に鈴を付ける
飼い猫かどうかを区別できるようにするため、首輪や鈴をつけたりというのは普通にすることですが、どうやらこの慣用句は出来ない相談のたとえだそうです。
というのも「イソップ物語」が由来で、仲間を捕らえられたネズミたちが相談しあい、猫に鈴を付けてやろうということに決まったのですが、だれもその鈴をつける役割を引き受けなかったという話から転じているためなんですね。
いざとなった時に誰も引き受けてがいないときに「猫の首に鈴をつけるようなもんでしょ。」と表現するとクレバーなイメージとなるでしょう(この慣用句の意味をわかってくれる人がいれば、ですが)。
猫の子一匹いない
この慣用句には人影が全く見えない=誰一人いないという意味があります。人っ子一人いないというのはなかなかの過疎地なのか、それともイベントごとがあって出払ってしまったのか、緊急避難でどこかへ逃げたのか、色々と想像すると面白いですね。
実際のところ猫の子は親と一緒に人目につかないよう行動しているため、基本的には姿が見えないのが普通のように思えてしまうのはやや邪推でしょうか。
猫の子を貰うよう
猫の子に限らず動物の子を人づてにもらうことってありますよね。よほど血統の良い種でもなければ無料で里親に出すという人もいるでしょう。情があるのか無いのかよくわかりませんが、客観的に見ると結構冷徹なことをしているなと思うことも。
そんな動物のように雑に縁組などを行うことを「猫の子を貰うよう」という慣用句で表現することもあるようです。
猫を殺せば七代祟る
猫は執念深い性格の動物ということから転じてできた慣用句。嫌いな人のことは数年経っても嫌いなままだったり、ちょっと意地悪しただけでもずーっとシャーシャー言いながらパンチしてきます。そんなレベルなので、殺しでもしたら七代先の子孫まで祟られるのは必定と昔の人は考えたのかもしれません。
まとめ:猫の慣用句を覚えて使ってみよう!
というわけで、猫を使った慣用句をまとめてみました。私達の生活に寄り添うように存在している猫ですが、遡ればその歴史はおよそ1300年ほどにもなります。途方もない長さですよね。
その愛くるしい存在は今後も変わることなく私達の側にあり続けることでしょう。折角なので、今日は猫のそばで一緒に過ごしてみてはどうでしょうか?愛くるしい仕草でたちまち癒やされるに違いありません。