志村けんと仲本工事の仲悪すぎ!?ドリフターズ結成50周年だが再始動ままならず!
ドリフターズが結成されてから50年が経過しました。
すでに半世紀が経っているとはすごいですね。
あかまるも物心付いた頃からすでにフジテレビで放送されていたドリフの大爆笑をよく見ていたものです。
50年も経っているということでテレビ局の方でなんらかしらの特集を組みそうなものですが、
その動きもないようです。
どうしてそのようなことになっているのでしょうか?
検証していきたいと思います。
ー プロフィール
左から紹介していきます。
志村けん 1950年2月20日生まれ A型
仲本工事 1941年7月5日生まれ A型
いかりや長介 1931年11月1日生まれ A型(2004年3月20日没)
加藤茶 1943年3月1日生まれ A型
高木ブー 1933年3月8日生まれ O型
初めて知りましたが、ブーさん以外はみんなA型なんですね。
すごい神経質そうに話し合ってピリピリしているところにブーさんで和みそうなイメージですw
ー ドリフの出発は音楽バンドだった。
今ではドリフがバンドをしていたというのを知っているのは30代以上の人しか知らないんではないでしょうか?
かつて世界で一世を風靡したビートルズのライブの前座を務めたことはよく知られていますね。
あまり名前の知られていなかったドリフターズが世の中に広く知られるようになったのはこれがきっかけでした。
しかし、それ以降は音楽活動よりもコント番組「8時だよ!全員集合!」が始まってからはほとんど音楽活動から遠ざかり、
お笑い芸人だと認識している人が多いのでは?
あかまる自身もバンド時代に彼らの姿を目にしたことはほとんどありませんね。
新生ドリフになるまではメンバーの移り変わりが多く、あまり固定されたメンバーじゃなかったそうです。
そしていかりやさんがリーダーを務めるようになってから活動内容が変わり始め、故・荒井注さんが脱退宣言してから
当時、付き人であった志村けんさんが加入するとさらにコメディアン要素が強くなり音楽バンドというのはないに等しくなりました。
荒井注さんが在籍していた頃はブラックユーモアが強いコントが多かったですが、志村さんと加藤茶さんのキャラクターが
子供たちの大ウケし、お年寄りから子供まで受け入れられるコントにシフトチェンジ。
彼らの番組は生放送ということもあってハプニングもかなりあったそうです。
とくに有名なのは放送時間になっても停電が復旧せず、開始から10分ほど暗い状態で放送されていました。
たまにTBSでもドリフの特集を組まれるときは必ずと言ってこの過去映像が使われているので知ってる人も多いでしょう。
ー 50周年記念にDVDを発売するも主要メンバー揃わず!
先日3月19日にフジテレビで77年から98年の21年間、月1程度の放送をしていた「ドリフの大爆笑」が
DVD化の発売で会見が行われました。
しかし、そこには出演するメンバーが誰ひとりとしておらず、所属事務所の井澤社長しかいなかったのです。
現在、ドリフターズの活動といえばほとんど年金受給される年代で志村さんは精力的にコント番組を作っていますし、
仲本工事さんや高木ブーさんはほとんどテレビで姿を見かけませんので自宅で悠々と過ごしているのでしょう。
加藤茶さんは嫁さんに色々と追いやられているようで見ていられませんが。
関連記事:加藤茶の嫁が内部告発!実家の会社名は?過去の画像で肌が!激やせで心配の声!病気?子供と絶縁?
しかし、ドリフターズが会見に揃わないのは変ですよね。
自分たちの全盛期であるDVDが発売される会見ならいてもおかしくないと思うんですけど。
現在、彼らが一緒に仕事をしているものといえばケーズデンキのCMで見かけるくらいしかありません。
けれど、本当に一緒に撮影しているかはわからないですよね。
何となく別々に撮影して後から合成して放送しているような気がします。
なぜかというと、それはある二人の不仲に関係しているのです。
ー 志村けんと仲本工事の仲が悪い!
加藤さんや高木さんが番組で共演しているのはわりと見かけますが、仲本さんだけはほとんど見かけません。
この原因は1981年2月に発覚した競馬ノミ行為事件に関係があります。
当時、ノミ行為をしたのは番組プロデューサーの方と仲本さん、志村さんでしたが仲本さんはかけ金額がかなり多かった
ので書類送検の上に罰金刑が課せられました。
しかし、志村さんはかけていた金額が少なかったこともあって執行猶予のみとなったのが二人の亀裂を生んだのです。
謝罪会見を開き、しばらくテレビへの出演を控えていました。
この会見の際にいかりやさんも出席しており、何度も志村さんの頭を叩いて謝っていたそうですが
「自分だって5000円かけてたじゃねーか」と一言つぶやいてから事態は一変。
そのあたりからいかりやさんとの不仲も報道されたりしていました。
確かに志村さんが「2年くらい会ってない」「今のいかりやさんを面白いと思わない」だとかの発言から
それに影を落としていたことは確かですね。
いかりやさんの方は志村さんがかなり年下ということもあって気にかかる弟という感じで著書の中では
不仲だとは思っていないようです。
志村さん自身も気にかかっていたことであり、いかりやさんが亡くなるとすぐにかけつけて呆然としていたんだとか。
度々加藤さんが再結成しようと持ちかけていましたが、すでに他のメンバーよりもかなり活躍していたので
ドリフに戻れば自分が一番下になるのが嫌だったのだと思います。
めちゃイケに加藤さんと出たときに、いつものやかんコントを嫌がっていたので、若手じゃないからやる必要がないと
思っているからでしょう。
50周年を迎えるにあたって新作コントを撮りたいと思っている加藤さんと高木さんですが、
志村さんと仲本さんの仲が回復しない限り実現しないでしょうね。
坂上忍さんじゃないですけど40過ぎて嫌いな人間と仕事をしたくないというのはよくわかります。
仕事を選べる立場になっていることがよけいにドリフターズが再結成しない原因でしょう。
往年のドリフファンとしては最新コントをみたいですがそれは叶わない夢になりそうです。